ここでは進行性核上性麻痺について解説したいと思います。
概要
進行性核上性麻痺(progressive supranuclea palsy:PSP)は40歳〜70歳の中年期以降に発症し、大脳基底核、脳幹、小脳といった部位の神経細胞が脱落し、以上リン酸化タウ蛋白が神経細胞内とグリア細胞内に蓄積される疾患です。
男性に多く、平均60歳代で発症しますが、発症原因は不明です。
初発症状はパーキンソン病に似ていますが安静時振戦は稀です。
歩行時の易転倒性、すくみ足、姿勢保持障害が目立ち、病期の進行とともに頸部伸展位・円背・腰椎過前彎といった姿勢になります。
また、垂直性核上性眼球運動障害といって随意的に視線を上下に動かす運動が遅くなり、最終的には下方視ができなくなります。
他にも、構音障害・嚥下障害・想起障害と思考の緩慢を主とする認知症や注意力低下が出現し、徐々に歩行できなくなり、立位保持不可後、寝たきりに移行していきます。
症状、臨床所見
進行性核上性麻痺では「転倒」をいかに防ぐかがポイントです。
- 姿勢不安定さによりよく転ぶ
- 注意力・危険に対する認知力の低下(起居動作時に支えになり得ない不安定なものに体重をかけるなど)
- 注意をしても、認知力低下のため繰り返す
- 転倒時に上肢で守ろうとする反射が起きないため、顔面から転び痛々しい傷を度々見かけることがあります
- 階段などで転倒し後方にひっくり返りやすくなる
これは頸部伸展位+眼球運動障害による下方視ができないためです。
- 車椅子、ベッド上からも、置いてあるものに手を伸ばして転倒することがあります。
これは注意力低下+危機管理能力の低下によるものです。
筋力低下によって転倒をしているのではないため、機能訓練を実施しての転倒予防に効果を期待することができません。
そのため、患者本人の身の回りの環境を整えてあげることが必要です。
- 普段使うものは体の近いところへ落ちないようまとめておく
- 導線上に不安定なものをおかない(体重をかけて支えにしようとする)
- 随時、手すりの設置
- 転倒が多いようなら保護帽と大腿骨骨折予防のズボン着用
また、筋緊張は四肢よりも頸部や体幹に起きやすく、進行に伴い緊張による不快感を本人も自覚していきます。
認知症も合併しますが、そのほとんどは軽症です。
動作の開始障害(無動、無言)、終了の障害(保続)などもよくみられ、「あれ?怒っているのかな?」と初めて接するときは担当者はドキドキするかもしれませんが、これは障害によるものです。
「終わりですよ」と言っても、同じ機能訓練を延々と繰り返すなどみられますが、病気によるものと考えながら適切な言葉掛けを選びましょう。
鑑別
参考までに厚生労働省がまとめている診断基準を載せておきます。
(1)40歳以降で発症することが多く、また緩徐進行性である。
(2)主要症候
①垂直性核上性眼球運動障害(初期には垂直性衝動性眼球運動の緩徐化であるが、進行するにつれ上下方向への注視麻痺が顕著になってくる。)
②発症早期(おおむね1~2年以内)から姿勢の不安定さや易転倒性(すくみ足、立直り反射障害、突進現象)が目立つ。
③無動あるいは筋強剛があり、四肢末梢よりも体幹部や頸部に目立つ。
(3) 除外項目
①レボドパが著効(パーキンソン病の除外)
②初期から高度の自律神経障害の存在(多系統萎縮症の除外)
③顕著な多発ニューロパチー(末梢神経障害による運動障害や眼球運動障害の除外)
④肢節運動失行、皮質性感覚障害、他人の手徴候、神経症状の著しい左右差の存在(大脳皮質基底核変性症の除外)
⑤脳血管障害、脳炎、外傷など明らかな原因による疾患
(4) 診断のカテゴリー
次の3条件を満たすものを進行性核上性麻痺と診断する。
①(1)を満たす。
②(2)の2項目以上がある。
③(3)を満たす(他の疾患を除外できる。)。
進行性核上性麻痺と診断された方を担当する場合、パーキンソン病と同じく診断から何年経過しているのか?
ここをよく確認しておく必要があります。
進行性疾患において、現在が初期・中期・末期のどの時系列上に位置しているのかを把握することは目標管理においても重要です。
個人差はありますが初期においてはL-ドパが効く場合があるようですが、長続きしません。
患者さん自身をよく見ながら服用内容を微調整していくことが多くなるため、介入時においても薬の調整中というのは珍しくありません。
服用内容はよく聞いておき、施術の会話・動作・精神状態などをまとめておき、それを経過報告書に載せておくとドクターは喜ぶと思います。
パーキンソン病と同様に、進行性核上性麻痺の診断があってしばらくしてから介入となることが多いため、介入時の年齢や本人の治療への意欲等をよく見ながら慎重にプランを立てていく必要があります。
予後
徐々にADLが低下していくため、車椅子、寝たきりとなって最後は誤嚥性肺炎等でご逝去となることが多いです。
平均罹病期間は5〜9年という報告が多いようですが、パーキンソン病型においては経過は緩やかで、罹病期間が10年以上ということも少なくないようです。
僕個人の意見としては、初発が遅ければ遅いほど生命予後自体は悪くないと思います。
二次障害による機能低下や、環境面の非整備による不慮の事故でADLレベルが低下していくとご逝去が現実味を帯びてくると思います。
下記の流れはパーキンソン病とほぼ同じですが、進行性核上性麻痺まで同様のケースをたどることが多いので載せました。
- 進行性核上性麻痺となる
↓ - 筋強直が亢進する
↓ - 前かがみ姿勢となる(頸部伸展位・円背・腰椎過前彎)
↓ - 頸肩部の強い可動域制限
↓ - 症状が進行し臥床が続く
↓ - 誤嚥性肺炎で亡くなる
治療介入として予後に影響することが科学的に証明されているものはありませんが、パーキンソン病の進行とともにどこの機能障害が発生するかは予測がつくので、上記の流れを辿らせないように治療内容を工夫していく必要があります。
徒手検査
前かがみ姿勢が長く続くことでどこに負担がかかるのか?を基本として考えてよいと思います。
個人的にですが、パーキンソン病よりも四肢の屈曲拘縮は起きにくい気がします。
可動域制限や負荷のかかる部位は次のとおりです
- 頸部伸展(頸部伸筋群や胸鎖乳突筋の緊張)
- 胸腰椎後弯(呼吸機能不全、体幹回旋不全、体幹伸筋群緊張や大胸筋短縮)
- 肘関節屈曲(上腕二頭筋や前腕筋群の短縮)
- 股関節、膝関節屈曲(腸腰筋、ハムストリングスの短縮)
- 足関節背屈(腓腹筋短縮により膝関節伸展制限や尖足)
この内、腰〜足関節の機能不全が続くと歩行や起立動作への影響が強くなることが予想されます。
これは病気自体そのものによる姿勢反射障害によってではなく、単純に筋力低下で支えきれていないという二次的な問題があるためです。
また、上半身の機能不全を見過ごしていくと、着替えに時間がかかるようになったり、最終的には誤嚥性肺炎などの致命的な合併症に繋がると予測できます。
これらを想定した上で、介入時には主訴とは別にどこから優先して施術を行なっていくかを考えていくべきと思います。
症状に対してどうアプローチするか
進行性核上性麻痺でもパーキンソン病と同様に2段階に考えると治療内容を組み立てやすくなります。
- 一次的機能障害・・・姿勢反射障害や運動失調
- 二次的機能障害・・・一次性機能障害による低活動でおきた廃用症候群部分
※廃用症候群:関節可動域制限や筋力低下、意欲や活動性低下、体力低下など
「パーキンソン病型」「純粋無動症」「小脳型」と呼ばれる病型がありますが、
鍼灸マッサージ師が介入して改善の可能性があるのは、二次的機能障害に対してのみです。
マッサージや鍼灸でどのようにアプローチをしていくかを考えてみたいと思います。
マッサージ・ストレッチ・鍼灸・機能訓練
頚椎の伸展位、円背による胸郭機能不全、胸筋短縮、腰椎過前彎が予想されます。
可動域制限や負荷のかかる部位は次のとおりです
- 頸部伸展(頸部伸筋群や胸鎖乳突筋の緊張)
- 胸腰椎後弯(呼吸機能不全、体幹回旋不全、体幹伸筋群緊張や大胸筋短縮)
- 肘関節屈曲(上腕二頭筋や前腕筋群の短縮)
- 股関節、膝関節屈曲(腸腰筋、ハムストリングスの短縮)
- 足関節背屈(腓腹筋短縮により膝関節伸展制限や尖足)
マッサージでは筋緊張亢進部位を中心にアプローチを行なったり、ストレッチでは前かがみ姿勢によって短縮している筋を中心にアプローチしていきます。
なんとなく固いところをマッサージするのではなく、例えば頸部伸筋群なら起始停止をしっかりと狙って触っていくべきです。
関節可動域運動では他動が主となると思います。
その際には、数回動かしてあげるだけでは刺激が少なすぎます。大きくゆっくりと最大可動域まで他動で動かし、20回程度を目安に実施すると緩みが出てきやすいです。
動作緩慢が見られる方でも、初動に時間がかかるだけで術者の指示はしっかりと理解していることが多いです。
体位変換を指示した際に、ゆっくりと動いているのをサポートしようと術者がやりやすいように動かしてしまう方がいますが、これは厳禁です。
急に動かされた患者は驚き緊張肢位になりますし、術者の粗暴な扱いに信頼感を失っていきます。
他動で動かす際にはあくまでも「患者本人が動かせられない部分を補填するだけ」くらいでちょうど良いと思います。
鍼灸治療では、選択の幅が広く取れます。
筋緊張部位を攻めても良いでしょうし、進行性核上性麻痺では自律神経障害や睡眠障害を伴っていることも多く、本人は気が付かなくとも慢性疲労症候群に陥っているケースもみられます。
特に頚椎1〜3周囲の筋緊張が強くみられ、頭痛を伴っているケースもあります。
自律神経へのアプローチを行い副交感神経を十分に活性化した上で、筋緊張部位へのアプローチを開始するなど効果的な手段が取れます。
僕の経験上では、進行性核上性麻痺の方は抑うつ傾向となる方がいて神経質な様子となられる方もいますが、治療提案には概ね受けて入れてくれることが多いです。
もしかしたら注意力低下や危機管理能力の低下が影響して、治療提案を受け入れることについて患者本人があまり深く考えていないからかもしれません。
機能訓練は積極的に行うべきです。
頚部・体幹のストレッチ運動、バランス訓練、歩行訓練、言語訓練、嚥下訓練などの訪問リハビリを併用しているケースが多いです。
しかし平成24年度の厚生労働省による推計では,日本のPSP患者数は8,100人程度であり、系統的なリハビリが未だ確立されていないのも事実です。
そのため症状や経過によって必要な機能訓練をイメージしながら実施する必要がありますが、あくまでも二次的機能障害を進行させないことがポイントとなります。
何にせよ1週間の中での運動に取り組んでいるトータルの時間数を把握し、運動不足に陥らないようコントロールすることが重要で、本人のみならず、家族、ケアマネ、介護士の方々と協力してケアに取り組むべき疾患です。
参考資料
- PSP進行性核上性麻痺診断とケアマニュアルVer.3
- 看護師・介護士が知っておきたい 高齢者の解剖生理学
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